「ネバーランドの夜公演」戯曲公開
クリスマスプレゼント、第2弾。
「ネバーランドの夜公演」の戯曲を公開します。
ぜひ、卜部の音楽と共にお読みください。
上演時間:約25分 キャスト:1人
上演を希望される場合は有料、無料公演ともにツクネル tsukuneru まで必ずご連絡ください。
mail:tsukuneru@gmail.com
#1
博士:ああ、読み終わったか。どうだったかな。…そうだ。この女の子は典型的な「ネバーランド患者」、というわけだ。この物語は、「ネバーランド」を研究する上で欠かせない文献となっている。僕はね、この物語をもう100回以上は読んだけどね、読めば読むほど虚しい物語だよ。君はそう思わないかい?ネバーランド患者は、そう、彼女は、一度自分の妄想に入ってしまうともう元には戻ってこれない。僕に言わせてみれば、悲劇だね、これは…。はあ、本当に、厄介な病気だよ。…さ、もう気はすんだろう、帰った帰った。
(帰ろうとしない女)
博士:適当にあしらっておけば帰ると思ったのにな…。(とぽつり)(ため息をついて、改めて)あのね、君がどういうルートでここに来たかは知らないけれど、僕はね、あの、見たら分かると思うけどね、忙しいんだ。(あからさまに忙しそうな動きをする)ほら、超忙しい。君みたいな年中暇そうな人間に構っている暇はないんだよ。(なんで暇だと分かるんですか、と聞かれ)顔を見れば分かるよ。いいか、「ネバーランド」について教えてくれ、だなんて、どうせ冷やかしか面白半分だ。今まで僕のところに来た奴らもそうだった。金のない記者たちが僕のところに来ては半笑いで帰っていって、翌朝みょうちきりんなタイトルの雑誌のコラムに、インチキ学者だの妄想研究者だの、奴らの小銭稼ぎに使われて、ああ!もうウンザリだ!だから、はい、これ以上話すことはない。僕は超忙しい。超大変。さっさと帰ってくれ。
(それでも動かない女)
博士:あのね、何かあるならハッキリと言いたまえ!ああ、君に話しかけている時間が惜しくて惜しくてたまらない!あー、この時間にどれだけの文献が読めただろう!頼むから帰ってくれよ!そもそもね、君はノックもせずにずかずかと僕の研究室に入って来てね、困るんだよ。いいかい、人間に大切なのは時間とお金とノックだ!覚えとけ、1位、2位、3位だ。3位だよ、ノックが。全く、非常識ったらありゃしない。
博士:だから、黙ってないで、なんとか言ったらどうなんだ。え? …なんだ、よ、え、泣いてるのか?あー!これだから!あー!僕はすぐ泣く女が大嫌いなんだ!君達は、泣いたらなんでも許されると思ってるだろう?僕はそんなただの水に全く心を揺さぶられない。泣け泣け、好きなだけ泣くがいいさ!僕は超忙しいんだ。
(めそめそ泣き続ける女、しびれを切らして)
博士:(大きくため息をついて)いい加減泣き止みたまえよ。ほら、(と、くしゃくしゃのティッシュを渡す)え、いらない?何なんだ君は、人の好意を。(ため息)君は僕の姉にそっくりだ。(お姉さんがいらっしゃるんですか?と聞かれ)え?ああ、いるよ。君はまあ、見るからに末っ子か一人っ子かな。(兄がいます)ああ、やっぱりね。え?学者の勘だよ。
博士:で、そのお兄さんが、「ネバーランド」患じ…は?本当に?いやいや…。…医者もろくに取り合ってくれず、ネットで調べたところみょうちきりんなタイトルのサイトのコラムがヒットし、僕のところに。…はっはーん、騙されないぞ。さては、は、ハニートラップか!そうやってまたみょうちきりんな記事を書くんだろ?(見つめられて)う、なんだよ。僕しか頼る人がいない…はあ…だから、僕は超忙し…、え?助けてください…。はあ。
博士、ピアノの椅子に座る
博士:いつから。…だから、いつからだって。…いいから!ありがとうとかいいから!うるさい!もういいよ、ネバーランド患者には僕も興味がある。利害関係の一致だ。知ってる情報を伝えよう。だから、情報をくれ。まずいつからだ。
#2
ヒアリング開始
博士:2週間前…まだかなりの初期段階じゃないか。3日ほど部屋に引きこもっていて、食事も取っていないから心配になって、中に入ったら机の上で突っ伏して寝ていた…と。そこから1日経っても起きないので無理やり病院に連れて行った。今も病院のベットでおねんね、ねえ。なるほど。それで?医者には原因不明、と匙を投げられてとりあえず点滴を受けている。本当に、あいつらは役に立たんな。一向に目を覚まさないので、痺れを切らしネットで調べたところ、ここにたどり着いた、と。賢明な判断だ。で、お兄さんは、昔から、妄想癖があったのかな?いや、真面目に聞いてるんだ。想像力が豊かだった、とか、そうだな、絵本が好きだった、とか、あるいは創作活動………ははーん。小説家ね。ネバーランドの典型的なパターンだな。(とある文献を出してくる)これを見てみろ。この小説は随分前に書かれたものだがね、とても優秀な文献でね。小説家が自分の創造した小説の世界にトリップしてしまうという物語だ。ほら、ここ。「彼の住むボロアパートは美しい洋館に、廊下を掃除する清掃員は主人に雇われた執事に。雨水を飲みながらほろ酔い、毎晩外に出てはありもしないパーティーに出かけていく。そしてついに彼は、自室で、居もしない子供達に囲まれながら永遠の眠りについた。」…痺れる文章だね。彼はれっきとした「ネバーランド患者」だ。おそらく、君のお兄さんも彼のように、小説を書きながら自分の小説の世界に囚われてしまったんだ。気の毒に。……え?どうしたらいいんですか?はっ、そんなこと、僕が知りたいくらいだよ。治す方法を知ってるんじゃないのか、だって?誰がそんなこと言ったよ。嘘つき?嘘はついてないさ。「知ってる情報を伝える」と言っただろう。僕の知っている情報は伝えた。君の兄さんは「ネバーランド患者」だ。以上。それ以上は分からない。僕は今、治す方法を「研究」してる最中なんだ。ただ、被験体が1人だと研究にも限界があってね、ここからは「提案」だ、その研究に君のお兄さんにも協力してもらえると嬉しいんだけど。…え?ああ、いるよ。僕の姉はネバーランド患者だ。どっかの記者に言ってなかったっけ?そんなこと奴らにはどうでもいいか。奴らが欲しがるのは僕がいかに意味のないことをしているかということと、デタラメなことを話しているかということだ。…ねえ、聞いてくれるかい、僕の姉の話を。
#3
博士:姉さんは、昔から絵本を読むのが好きだったんだ。とりわけ好きだったのが「ピーターパン」さ、彼女はピーターパンを信じていただけじゃない、ピーターパンのしてきた冒険を全部知っていた!僕らは毎晩、ピーターパンとフック船長の決戦を再現していた。(剣とハンガーを懐かしそうに手に取る)ピーターパンめ!このカギの手が怖くないのか!…あ、お姉ちゃんごめん、カギの手は左手だったね。ありがとう。よーし。「はっはっは。ズタズタにしてやる…!来い坊主!はらわたをぶった切るぞ!」(お姉さんにボッコボコにされる)あ…強い…強い…!痛い痛い。痛いよ!痛い!やめて!メガネはやめて!…(気まずい間)(隙を見て)「この負け犬め〜!」(またボコボコにされる)あっ痛い痛い…。あ、お父さん。うん、そう、僕フック船長。これ、カギの手。お姉ちゃんのアイデア。僕たちピーターパンに会うんだ!ね、お姉ちゃん!「はっはっは。ズタズタにしてやる…!来い坊主!はらわたをぶった切るぞ!」(お姉さんにボッコボコにされる)あ…痛い痛い。やめて!メガネはやめて!…(気まずい間)(隙を見て)「この負け犬め〜!」(またボコボコにされる)あっ痛い痛い…。あ、お父さん!うん、そう、僕フック船長。これ、カギの手。お姉ちゃんのアイデア。僕たちピーターパンに会うんだ!…え?お父さん?(お父さん、去る)(お姉さんに向かって)……ピーターパンをデタラメだなんてひどいよ、ねえお姉ちゃん。…「はっはっは。ズタズタにしてやる…!来い坊主!はらわたをぶった切るぞ!」(お姉さんをボッコボコにする)「この負け犬め〜!」あ、お父さん!(ビンタされる)…姉さんはすっかり大人になっていたし、僕もその頃にはすっかり大きくなっていた。いつまでもいつまでもピーターパンごっこをする僕たち、いや、姉さんを両親は気味悪く思うようになった。僕はそれからすっかりピーターパンごっこをやめた。お父さんに怒られたくなかったからね。姉さんは引きこもりがちになって、様子を見に行くのはもっぱら僕の仕事だった…ねえ、姉さん。お父さんたちを許してあげて。本当は姉さんを愛してるんだよ。だから、現実を見なきゃ。
#4
博士:姉さんの様子を見に部屋を訪ねる生活が続いて、最初は口数の少なかった姉さんも、少しずつ口を開くようになった。今まで読んだ絵本の話や、小説の内容を引っ張ってきて、あの絵本の彼は今何をしている、あの小説の彼女と今度遊ぶんだ、とかね。
相変わらず夢みたいな話ばかりだった。今思えばあの時に無理やりにでもでも外に出しておくんだった。外の空気を吸わせて、太陽の光に当てとくべきだった。でもあんまり嬉しそうに話すもんだから、僕は何も言えなかった。そう、そしたら、そしたらだよ、ある日、いつものように様子を見に行ったら姉さんは今まで見たことも無いような笑顔でさ、「右から二番目に輝く星 あなたの願いを叶える星 小さな星は不思議な星 夢のネバーランドへ導くでしょう」って、姉さん、目を瞑ったら星空が見えるって言うんだよ、ネバーランドが呼んでる、私は彼の影を見たって。彼がここから連れ出してくれるって。………この人はまだピーターパンを信じている。僕はひどく後悔した。(剣とハンガーを手にする)一緒にピーターパンを信じていた昔の自分を恨んだ。ピーターパンなんているわけない。ピーターパンなんてデタラメなんだよ、姉さん、目を覚ましてくれ。ネバーランドなんてないんだ、あなたは空を飛ぶことはできない!
激しく扉の閉まる音
博士:………それからは君と一緒さ。あの夜から僕は姉さんの部屋に入れなくなった。それから3日ほど経って、食事も取っていないから流石に心配になって、ノックをしてから返事も待たずに無理やり中に入ったら机の上で突っ伏して寝ていた…と。そこから1日経っても起きないので無理やり病院に連れて行き、今も病院のベットでおねんね、さ。医者には原因不明、と匙を投げられてとりあえず点滴を受けている。だが、君と違うのは、僕は姉さんの病気を「ネバーランド」と名付け、研究をしてきたということだ。これが僕の姉さんの話。どうだい、滑稽だろう。滑稽な病気なんだよ「ネバーランド」は。…いいか、僕は長年この病気を経験してきて一つの結論にたどり着いた。「ネバーランド」の全ての元凶は「ソウゾウ」、だ。「ソウゾウ」さえしなければこんな厄介な病気にはかからない。僕は「ピーターパン」を書いた作者を恨んだね、そして様々な絵本や小説を生み出してきた作者たちも軒並み憎んだ。憎い、憎い、憎い!彼らのひょんな「ソウゾウ」が、1人の女性の人生を滅茶苦茶にした!いや、姉さんも悪いんだ、ピーターパンがいたら、なんて「ソウゾウ」しなければ、こっちの世界にいられたのに。そう、君のお兄さんもそうだろう?小説を書くなんていう「ソウゾウ」活動をしなければ、今も君と笑って暮らしていられたのに、どうして人は「ソウゾウ」してしまうのだろう!
#5
博士:…はあ、喋りすぎたよ。ちょっと疲れた。(ピアノの上に山積みにされた本をめくりながら)…僕はね、姉さんが読んできたたくさんの絵本や小説を文献として、姉さんの「ソウゾウ」の根源を理解しようとしている。…だけどね、読んでも読んでも分からないんだよ、姉さんはどうしてあんなに豊かな「ソウゾウ」ができるのか。…どうやったら、目を瞑って星空が見える?どうしたらピーターパンの影を見つけることができる?僕にはさっぱり分からない。この物語の誰も、僕に近況を報告してはくれないし、僕をパーティに誘ってはくれない。子供の頃の「ソウゾウ」力が豊かなのは分かる。でも人間は大人にならなくちゃいけない。君もそう思うだろう?いつまでも夢を見てちゃいけないんだよ。…僕たちは空なんか飛べやしないんだ。諦めじゃないよ、それが現実だ。僕はそう思う、それだけの話さ。…え?実験の内容?(咳払い)それはだね、まずは、往復ビンタだろ、そのあと冷水をかけたり…違う違う!やけくそではない!ソウゾウに打ち勝つ為に大事なのは、とにかく我に返ってもらう、つまり現実を見せるということだ。特に期待を込めてやったのが隣で「ドキュメンタリー番組を流す」のと、「自己啓発本の読み聞かせ」だな。…え?まあ、うんともすんとも言わなかったけどな。でも、分からない、君のお兄さんなら反応があるかもしれない!どうかな、君のお兄さんにも、…え?なんて言った?インチキ学者…!?はあ…同じネバーランド患者を持つ君なら分かってくれるかと思ったのに、残念だよ。なに?違う、君がそうやって甘やかしてきたから君のお兄さんは現実を見れなくなったんだろう!何がお兄さんの小説は素晴らしかった、だ、そんなことは「ネバーランド」にかかった今どうでもいい!どれだけ君のお兄さんが良い小説を書こうが、眠ってしまったら、こちらの世界にいられなかったら意味がないだろう!え?夢も見られないようなこんな世界にいるより、ネバーランドにいた方がいい!?…………出て行ってくれ。出て行ってくれ!これ以上君に話すことはない。早く出て行ってくれ!
#6
博士:なんなんだ!君は、お兄さんが情けないと思わないのか、僕は思うね、情けない、姉さんは現実から逃げてたんだ。そしてそのまま帰ってこない!そんなことが許されるのか!?は?僕が逃げてる?そんなわけない、僕は現実を見ている、姉さんが帰ってこないという現実を、…ネバーランドなんて病気はない、もう病気は治らない…うるさいうるさいうるさい…!!!!君に何が分かる!僕はずっと姉さんの病気と向き合って来たんだ!頼むから…頼むから出て行ってくれよ!!!ネバーランドは治る、絶対にだ、姉さんが一目、向こうの世界からこっちを見てくれるだけでいいんだ、それだけでいいのに、どうして…どうしてなんだよ…どうして姉さんは戻ってこないんだ…どうしてなんだよ……………(膝から崩れ落ちる)
ドアの開く音
沈黙
博士:幸せなわけない…幸せなわけないんだよ……ネバーランドは夢だ、ピーターパンは幻想だ…そんなものに囚われて、幸せになれるはずがないのに…なんであんなに幸せそうに笑ってるんだよ………。
音楽が流れる
ゆっくりと立ち上がる博士
文献を1枚1枚破り捨てていく
博士:(剣とハンガーを持つ)…ピーターパンめ!このカギの手が怖くないのか!…あ、お姉ちゃんごめん、カギの手は左手だったね。ありがとう。よーし。「はっはっは。ズタズタにしてやる…!来い坊主!はらわたをぶった切るぞ!」(お姉さんにボッコボコにされる)あ…強い…痛い!やめて!メガネはやめて!(隙を見て)「この負け犬め〜!」(またボコボコにされる)あっ痛い痛い…。あ、お父さん。うん、そう、僕フック船長。これ、カギの手。お姉ちゃんのアイデア。僕たちピーターパンに会うんだ!ね、お姉ちゃん…!!!
剣とハンガーを落とす
博士:せめて、空を飛んでいてくれたら、いいなあ。
傘を差す、博士
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